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2011年05月15日

緊急リポート「東日本大震災」vol.1<デザインセンター>

ホームページでもご紹介させて頂いています札幌の株式会社デザインセンターさん

コンクリート住宅情報サイトの“consa(コンサ)

緊急リポートとして「東日本大震災」の記事が掲載されましたので引用させて頂きました。

テレビなどの報道情報と同様に現地の様子やまた住宅建築に携わる方の目線でのリポートが公開されております。

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緊急リポート「東日本大震災」(1)

 

緊急リポート「東日本大震災」(1)
株式会社デザインセンター 代表取締役竹中 志元

緊急リポート「東日本大震災」(1)

緊急リポート「東日本大震災」(1) さんプロフィール
【代表取締役/竹中 志元】1972年生まれ、帯広出身。2003年札幌にて株式会社デザインセンターを設立。RC建築を中心に、日本全国で年間300棟以上のデザイン設計、構造計算を行なう。

株式会社デザインセンターは、全国のビルダー・工務店に向け、主にコンクリート住宅のデザイン設計の提供を行なっております。
今回の東日本大震災によって大きな被害を受けた、仙台市若林区、宮城県気仙沼地区などにも顧客企業があり、同地区には同社の設計物件が30棟ほどあります。
2011年4月9日、代表取締役竹中志元氏が、状況を把握するため被災地に入りしました。

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被災地域にあるコンクリート住宅を訪ねて
 
sinsai_003.jpg
2011年3月11日に東日本を襲った大地震から約1ヶ月後の4月9日、社員一人を伴って札幌を発ち、空路にて福島県に入りました。 今回被災地を訪ねた理由はいくつかあります。
まず、被害規模が大きいといわれていた地域(仙台若林区、宮城気仙沼)に、当社の顧客企業である工務 店様が数社あり、震災直後から先方となかなか連絡が取れ無い状況が続いていました。いったい企業様がどういう状況に置かれているのかということがとても心 配でした。そしてそれら企業様が施工された当社設計のコンクリート住宅が被災地域に30棟近くあるということで、はたしてその物件が地震や津波の外力を受 け、どのような状況にあるのか確認する必要があると考えたのです。
福島空港でレンタカーを借り、仙台市に向かう約3時間の道程で見る範囲には、特別大きな被害は発見出来ませんでしたが、仙台市内に入ると、いずれも築年数 が3、40年以上経過した耐震性の低い建築物でしょう、所々に半壊、全壊した木造家屋や、ガラスが割れてしまったビルなども見受けられました。
 
 
仙台市内のコンクリート住宅の状況

 

 幸い、仙台市若林区にある当社の顧客企業様 は、社員、その家族など皆さん無事で、震災後早い時期から営業を再開していました。ただ、震災前から着工していたコンクリート住宅の現場が、燃料と資材の 調達が出来ずに休止したままとのこと。さらに、お客様から住まいの修繕依頼が多数寄せられていましたが、同様の理由で、なかなか対応しきれないというのが 実情のようでした。
その後、当社が設計・構造計算したコンクリート住宅の現況調査に向かいました。事前に企業様から大きな被害は無いと聞いていましたが、確かに、コンクリー ト住宅の駆体に関して、地震によると思われる被害はまったくありませんでした。既に周辺はライフラインも回復していることもあり、本当に平穏な日常の姿が そこにありました。
 
 
津波の傷跡で風景が一変

 

 sinsai_004.jpgTV の報道等であまりに悲惨な被害状況ばかり見て、どこか身構えながら仙台に入った私達でしたが、意外にも落ち着いた市内の雰囲気に安堵感を感じたものでし た。ところが・・・海側に向かって車を走らせていて、ある地点にさしかかると、目の前の光景が一変しました。そこに現れたのは、ただただ広大な平地にがれ きと砂がたい積されている景色です。ここに街があったことを知らない自分ですらぼう然とする光景。ましてや住人だった方にとっては一体どれほどの衝撃と悲 愴な感情を抱かせる光景なのでしょう。
多少冷静さを取り戻し、がれきをよく見ると、それは様々な物体で構成されていました。コ ンクリート製の電柱も完全に折れて砕けています。家財や家電、ユニットバスも原型をとどめていません。粉々です。木造家屋は、築年数など関係なくほぼ壊 滅。残っているのは基礎コンクリートだけ。いかに津波の衝撃が強かったかをうかがわせる現場です。
阪神淡路大震災との印象の相違

 私は16年前に発生した阪神淡路大震災の折にも、直後の現地に入りましが、あのときと比較すると、全く別な出来事と言う印象を強く感じまし た。神戸では、どこへ行っても家屋やビルの倒壊した現場の連続で、きな臭い匂いの漂う中、路上に被災された方を大勢見かけることができました。しかし、今 回の東日本大震災の被災現場にあったのは「静寂」です。遠くまで見通せる平地には人影もなく、そこで営まれていたはずの生活の気配すら希薄でした。 建築に携わるものとして、この惨状を自分の目で見、そして記録に残して伝えることが、まず今の自分に出来ることのひとつでした。

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翌日私たちは、直接津波に襲われたと思われるコンクリート住宅のある気仙沼に向かいました。<vol.2へ>

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